パリの休日 映画のロケ地めぐり

ジャズピアニスト浅井岳史のパリ18旅日記(1)

 パリの朝、すこぶる天気が良い。ここまでカラッと晴れて暑いと体がうれしくなってくる。普段の朝食はスーパーのパンとホテルロビーの自販機のコーヒーですませることが多いのだが、初日くらいは贅沢しても良いかとホテルの朝食を食べに行った。7ユーロで、クロワッサン2つ、バゲット、カフェオレにオレンジジュース、これはお値打ちだ。ゆっくり味わっていたら、おばさんにもう終わりだからと締め出された。
 ホテルを予約した時、本来なら今日はパリ郊外でトリオのコンサートが予定されていたのだが、主催者の政治的な事情でキャンセルになってしまった。なら、観光だと言いたいところだが、ツアーで来ているので、いろいろな人とのビジネス・コミュニケーションは通常通り。この日も午前中は、日本やニューヨークやらロンドンやらホテルのインターネットでオフィスワークに追われた。とそこに、先ほどカフェテリアで私を追い出したおばさんが、今度はルームクリーナーとしてやって来て、またしても私を追い出す。このおばさんは私のパリの天敵のようだ。仕方ないので炎天下の外へ出る。
 当てもなく外に出た私であるが、瞬時に素晴らしいプランを思いついた。以前から気になっていたパリの映画のロケーション現場に行こう。2つほど温めていたところがあるのだ。
 映画のロケ地巡りその(1)、アン・ハサウェイとジム・スタージェス主演の映画「One Day」である。私はどういうわけかこの映画が大好きで、リリース時に一度観たのだが、随分後になって、ふともう一度見たくなって観てみた。スコットランドのエジンバラ、ロンドン、パリ、私に馴染みの深い場所が次々に出てくるのも魅力だ。が、恵まれた家庭で育ち、頭脳明晰、容姿端麗、素晴らしいキャリアを持って女性にもモテモテだった若者が、次第に傲慢になって気がついたらキャリアも女性関係も急降下を辿るという主人公の男性に心から感情移入してしまう(笑)。キャリアも女性も失って中年となった男性は、以前から彼を愛してくれていた地味だが作家の夢を追いかけてパリに来ている女性、アン・ハサウェイ演じるエマにすがるような気持ちで会いにくる。もちろん、パリで綺麗になった彼女には、フランス人の彼氏がもうできている。「彼は何をしてるんだい?」「ジャズピアニストよ。今から、演奏を聞きに行くわよ」「ジャ、ジャズピアニスト?」失望と嫉妬に打ちのめされた彼が、髪の長いジャズピアニストを遠目で見た瞬間に逃げ出して、絶望の中で緑の運河沿いをフラフラ歩く。が、そこにサプライズがある。エマが彼を追っかけてくるのだ。そして驚いた彼に、「今度こそ私を愛してくれなきゃ殺すわよ」という。彼は「絶対に誓う」と言う。二人はロンドンに戻り結婚する。美しいシーンだ。そのシーンが撮影されたのがこの緑の綺麗な運河である。余談だが、そのジャズピアニストは演奏の途中で彼女に振られてしまったのか。それはかわいそうだ、今度は彼に感情移入(笑)。
 ともあれ、北駅のホテルから歩くこと20分で緑が美しい運河に着く。太鼓橋が綺麗だ。映画でも、この橋を駆け上がって駆け下りるシーンが彼女の彼への気持ちを言葉なしで良く表現していると思う。素晴らしい! 来てよかった。
 水にかかる橋を渡っていると、何やら声をかけられた。どうやら橋を出ろと言われている。しばらくしたら、橋が回転してそこをボートが通り抜けて行った。その間五分ほど、皆が立ち止まって待っている。のどかで良い。
 さて、運河沿いを歩いていくと右手に大きな女性の白い記念碑が見えた。「リュピュブリック」に違いないと思って近づいたらそうであった。そういえばもうすぐ7月14日の革命記念日である。運河を離れて記念碑まで歩こうとしたらインド料理のテイクアウト・レストランをを見つけた。これは食べるしかない。狭い店でパックに詰めてもらったティッカ・マサーラを広場のベンチで座って食べていると、小さな女の子二人に国旗を振らせて写真を撮っている若いお母さんがいた。あどけない女の子が二人、手を高く三色旗を掲げている。お母さんは大きなスーツケースを持っているので、地元の人ではないと見た。でもここまで愛国心に満ちあふれているとすると、きっとフランスの別の街から革命記念日のお祝いでやって来て、ホテルにチェックインする前に、このリュピュブリックに寄って写真を撮っているのか。何れにしても絵になる。ドラクロワが見たら喜ぶに違いない(笑)。ちなみに、フランスの自由の象徴は、いつも女性で、マリ・アンヌと言われている。アメリカの独立を援助したお礼に、ニューヨークに贈られた自由の女神もマリ・アンヌなのだ。私の住むニューヨークとフランスがこうして繋がる。(続く)
浅井岳史、ピアニスト&作曲家 / www.takeshiasai.com