富山県立山町に注ぐ黒部の太陽

黒部ダム

日本一有名なダムを見に行く

 北アルプスの立山連峰と後立山連峰にはさまれた黒部渓谷にある「黒部ダム」。昭和38(1963)年に7年の歳月をかけて完成した黒部の水力発電用ダム建設は、東京タワーや青函トンネルと並ぶ戦後日本の一大事業といわれている。平成の時代、このダムをさらに有名にしたのは2001年に放送されたNHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」だろう。番組放送後に話題となり「その現場を訪れてみたい。延べ1000万人もの男たちが危険がともなう過酷な現場で完成させた巨大ダム建築を見たい」と、訪問者が飛躍的に増えた。私もいつか行ってみたいとずっと思っていた。

 黒部ダムへ行くには、長野県側と富山県側からの2つのルートがある。私たちは関越道から上信越道に乗り替え快適にドライブし、長野ICで下りて善光寺を参詣してから千曲川に沿って1時間ほど走り、立山黒部アルペンルートの長野県側玄関口として発展した小さな温泉町、信濃大町に到着した。「名峰あるところに名湯あり」といわれるように、旅や登山の疲れをいやす温泉宿が点在する信濃大町は、豊かな自然と水をたたえた美しいところだった。訪れたのは昨年10月上旬、まだ紅葉は始まっていなかったが、トンボが飛び交う夕暮れ時を楽しく散歩した。大きな台風が近づいているとテレビで言っていたが、そんな不安も忘れてのんびり過ごし、ゆっくり温泉に浸かった翌朝、ダムに向けて出発した。

ハサイダー

 50階建てビルと同等の186メートル、日本一の高さがあるだけにダムに到着してからは階段が多い。いくらなんでも長い、このままずっと階段なのかと思っていると、ついに巨大アーチ式ダムに到着し、轟音とともに毎秒10トン以上の水が大きなしぶきをあげながら霧状になって落ちる放水が目に入って来る。堤から下を覗くと吸い込まれそうな、足がぞわっとする怖さがある。迫力の景色を写真に納めることができるビューポイントは展望台や外階段、新展望広場のほか、レインボーテラスでは放水を間近に見ることができ、風向き次第で細かいミストとなって降りかかってくる。もちろん晴れた日には大きな虹がかかる。世紀の難工事と言われた黒部ダム建設の苦闘、特に「破砕帯(はさいたい)」(地下水が含まれる軟弱な地盤でトンネル工事では危険地帯)工事の困難を描いた1968年公開の映画『黒部の太陽』のポスターや資料の展示もある。売店には破砕帯から湧き出した天然水や、その水を使ったアイスコーヒー、ご当地サイダーの「ハサイダー」などが販売されているので、ダムカレーと合わせてお試しあれ。

 また、長野と富山を横断する立山黒部アルペンルートの料金について「結構かかります」という情報も入れておきたい。大町からダムへ行くための「扇沢駅」で車を駐めトロリーバスに乗車(1570円・16分)、ここで観光放水が見られる「ダム駅」に到着する。見事な紅葉が見られるもっと先や立山を越えて富山まで行く場合はそこからケーブルカー(870円、5分)、ロープウェイ(1320円、7分)、トロリーバス(2200円、10分)、高原バス(1740分、50分)、ケーブルカー(730円、7分)と乗り継ぎごとに料金がかかる。ハイシーズンになるとそれらの切符を買うにも乗車するにも、そのつど長い列に並ばなくてはならない。なので個人旅行よりツアーで行く方がお得かも知れない。

 料金について多少気になったとしても、ミシュラングリーンガイドで「わざわざ旅行する価値がある」とされる3つ星を獲得した黒部ダム。観光できる期間は今年も4月中旬から11月末まで、観光放水は6月中旬から10月中旬まで実施される。時間があったら、映画『黒部の太陽』かプロジェクトX「シリーズ黒四ダム」を見てから行くとさらに楽しめるだろう。たとえばトロリーバスが走るトンネル途中に約80メートル青い光で照らされた場所があり、「破砕帯」の看板表示がある。何も知らなければ一瞬で通り過ぎてしまうが、プロジェクトXを見ていれば「ここが! 掘っても掘っても天井から崩れてきた、凍えるように冷たい地下水が毎秒660リットルも吹き出したあの破砕帯か!」と感慨深く思えるだろう。

 旅を終えた2日後、巨大な台風19号が上陸。子供の頃に体験した台風とは規模が格段に違うと思えるような暴風雨を体験した。翌朝、ほんの数日前に見たばかりの千曲川が決壊し、冠水した道路や畑に収穫直前のリンゴが泥水に浮かんでいるニュース映像を信じられない気持ちで見た。高速道路も通行止め、新幹線も運転見合わせとなっていた。あののどかな景色が、鈴なりになっていた信州のリンゴが泥だらけになってしまったと思うと胸が痛んだ。被害を受けたリンゴ生産者が1日も早く復興されることを心からお祈り申し上げます。 (本紙/高田由起子)