本場の舞台芸術作品で活躍

俳優・プロデューサー

小野 功司さん

 ニューヨークでミュージカル俳優、プロデューサーとして活動する小野功司さん。パンデミックもほぼ終わり、演劇業界も活気づいて、ミュージカルや舞台出演が続き、そして新作ミュージカル『えんとつ町のプペル』アシスタントプロデューサーとしてNYでの製作も手がけている。

 早稲田大学法学部在学中から並行して演劇学校に通い、数々の舞台を踏んだ。大学卒業後は米国に留学。帰国後、東京ディズニーランドでダンサーとして活動し、その後、ミュージカルの道へ進んだ。2008年から2018年まで劇団四季に11年間在籍し、数々のブロードウエーミュージカルに出演した。また、ファミリーミュージカルを日本全国で公演してまわる「こころの劇場」や全国の小学校に美しい日本語の話し方を伝える「話し方教室」といった劇団の社会貢献活動にも積極的に参加した。

 ニューヨークに移住したのは劇団四季退団後の2019年。O1ビザを取得してさあこれからという2020年3月、コロナですべての予定がキャンセルとなって劇場が閉鎖に。一旦一時帰国してプペルの日本公演を成功させて、昨年末にニューヨークに戻った。特にパンデミック後に演劇が復活してきたせいか、今年からは、春からニュージャージー州でピピン、アリゾナ州で芝居に、夏はニューハンプシャー州で「王様と私」のダンサー役に出演するなど引っ張りだこに近い大忙しだ。これまでライオンキング、 ウエストサイドストーリー、コーラスライン、クレイジーフォーユー、 エビータ、ピピン、キング& アイ(王様と私)、 人間になりたがった猫、ガンバの大冒険など日米で多数踏んできた舞台経験が、今米国で求められているのをひしひしと感じるという。米国には若い日本人俳優はいるが、なかなか大人に見える日本人の役者ですぐに舞台に立てるポジションの人材が少ないのも奏功しているようだ。

 小学校の時に、父親に市民会館で上演された芝居をよく見に連れて行ってもらった。「アンネの日記」の舞台が印象的で「とても怖かったけど、舞台の上に別世界が広がる演劇というものにすっかり魅了された」のが俳優を目指すきっかけとなったそうだ。来年開幕を予定している米国の新作芝居で、世界貿易センタービルを設計した日系二世の建築家、ミノル・ヤマザキを演じる。タイトルは父親と同じ名前の「ミノル」だ。「今の自分があるのは父親のおかげ。ありがとうという言葉と、感謝しかないです」と言う。大学卒業後に弁護士ではなくダンサーの道に進んだ時も両親は反対しなかったそうだ。

 将来は「日本のミュージカル界とブロードウエーの距離をもっともっと近づけたい、日本のミュージカル俳優が普通にブロードウエーの舞台で活躍できる環境を整えたいと願っている」。「自分自身では渡米する前に英語を万全に鍛えてきたつもりだったが、NYの演劇学校に来てみたら全く歯が立たなくてとても苦労した。後から続く若者にはそんな思いはしてもらいたくない」とも語る。「思った以上に日本人の英語の発音は聞き取れないらしい。母音、子音の発音、声を腹からではなくて顔から出すということも知った。まだまだこれからが挑戦ですね」と少し遠くを見るような表情を見せた。(三浦良一記者、写真も)