ミッドナイトブルースーツを着る

イケメン男子服飾Q&A

 みなさま新年あけましておめでとうございます。
 年明け第1回目は、「ミッドナイト・ブルーのスーツ」について触れてみますが、いつもよりさらに「前振り」が長くなりそうです、平に御容赦を。
私たち日本の男性が洋装即ち背広、今日においてはスーツと言われる装いを取り入れてから150年以上経ちます。欧米人以上にスーツを格好良く颯爽と着られている男性が確実に増えており、素晴らしいことですが、私は私たちの着こなしの平均値を正しい情報と
知識によってまだまだ「底上げ」できると強く信じているのです。そのための最重要ポイントが着方の「いろは」、即ち基本的な知識をよりしっかり身に付けることにあると思うのです。
着物、和服といった私たちの民族衣裳については着付け学校に通って習いますね。実はこれ日本独特のこと。世界中、民族衣裳は親子など家族・親戚関係を通じ子孫に伝承され、受け継がれていくもので、わざわざお金を払って学校で勉強するものではないと。
一方、洋装についてはどうでしょう? 男性用スーツの着付け教室や学校など、聞いたことありませんね、過去にあったのかもしれませんが。私は西洋の歴史と文化のエッセンスが詰まった洋装の中心的存在である紳士スーツこそ、その基礎について学校に通うなどしてしっかり勉強するのが良いと考えているのです。日本の男性の中には「着物はルールに則って着るものだが、洋服は個々の自由でいい」と勘違いされている方がまだおられるように思います。
加えて日本のサラリーマン社会におけるスーツの着方が必ずしも西洋の着こなしスタンダードに合致しているわけではないのです。「You are judged by what you wear.」などと言われますが、着ている服と着こなしで人となりを判断されてしまうことがあるので、極力誤解は避けたいところでもあります。
さて、スーツを着ることが習い事の一つならば思い出してほしいのが、守破離(しゅはり)という言葉。また漢字にも真書(楷書)、行書、草書とありますね。真書を徹底的に習って身に付けることで個性的で美しい草書が評価されるようになるのです。そうでなければミミズの這った字ですね(笑)。さらにはゴルフ。専門書をたくさん買い込み、打ちっ放しに何度行っても解決できなかった問題が、レッスンプロに一度習っただけで見事解決した、なんてことありませんでしたか? スーツを着ることも実は同じなのです。信頼できるプロの洋服屋に相談することが問題解決の早道であり、彼らを質問攻めにされるのも良いでしょう。
以上のような経験をされた上でぜひ挑戦してほしいのが「ミッドナイト・ブルー」のスーツなのです。男性のスーツの中で、礼服以外で最も神経を使って着てほしいアイテム。ミッドナイトとは深夜という意味ですが、真の意味は夜間には真っ黒に見える紺なのです。実は現代の技術を持ってしても羊毛を真っ黒に染めることは容易ではなく、羊毛の原料と染料の良し悪しで黒は青系と赤系に分かれます。経年変化等で、夜の灯りで緑がかって見えるのが青系の黒、対して羊羹のように茶色っぽく見えるのが赤系の黒です。かつての洒落者たちは、このような黒の裏切り行為? に対するフラストレーションの解決を、青を限界まで黒に近づけていくことで解決しようとしたのです。
従ってミッドナイト・ブルーのスーツは静謐(せいひつ)を持って旨とし、フォーマルウエアに準じ、上着のヴェント不要、ステッチも極力控えめ、なくても良し。ポケットのフラップも不要で両玉縁のみでOK。トラウザーズについてもベルトループ不要。ベルトループとは本来ワークウエアに付けるもので、注文服のドレス用トラウザーズには付けないのが伝統なのです。そしてもちろんサイズも重要なのですが、あまりピッタリ、ピタピタに仕上げないこと。ピタピタの度が過ぎますと、男の器を小さく見せてしまうことがあるのです。それではまた。
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けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス・カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。