入国審査アプリの運用で心配な日本のDX

 この5月に久しぶりの一時帰国をしてきた。簡素化されていたとはいえ、入国の諸手続きはやはり複雑であった。中でも現時点でしっかり確認しておきたいのは、入国審査におけるデジタルの利用についてである。本稿の時点でもそうだと思われるが、現在、日本に入国するにはスマホの携行が必須であり、そのスマホには3つのアプリのインストールが要請される。問題はその運用だ。

 3つのアプリの第一は「mySOS」である。本来は、隔離を管理するツールであったが、5月の時点では検疫のデジタル化という機能に変わっていた。検疫に関する4項目(誓約、健康確認、ワクチン、陰性証明)を入力すると、ステータスが「緑」に変わり、そのステータスに伴うQRコードが生成される。このQRコードがあれば、検疫プロセスはスムーズに進むという設計である。

 ちなみに、6月1日からは米国から日本の入国の場合はワクチンの3回接種がなくても隔離は不要となり、3項目(誓約、健康確認、陰性証明)だけで良くなった。また、審査後に与えられるステータスは、入国時の抗原検査に関して「免除対象国」を意味する「青」に変わっているが、QRコードが生成されることは変わらない。

 その運用だが、まず、問題は降機直後にあった最初のチェックポイントである。ここではパスを意味する「緑(現在は青)」を確認するとともに、QRコードの存在がチェックされた。だが、そこではQRコードをスキャンせず、存在を目視するだけであり、その上で不思議なことを指示されたのだった。「電波状態が悪いといけないので、今のうちにスクショを撮るように」というのである。

 実は、接続の問題でQRコードが出せない場合を想定してスクショを撮っておくと良いというアドバイスは、ネットに溢れている。そこで、自分の場合は既に事前にスクショを撮っておいたのだが、その旨を申し出ると「それで結構です」という答えが返ってきた。

 QRコードというのは、高度な技術と思われている。この「mySOS」のように「バージョン10」という57セル×57セルに加えて3つの隅に位置切り出しのシンボルがついている大型の場合は「いかにも最先端」というイメージを与えるが、実は中身は単純であり改ざんは可能だ。したがって、真正性、つまり内容が正しいことを証明するには、オンラインで政府のサーバに接続された上での表示でなくてはならない。仮にスクショなどのオフラインでも真正性を確保するには、認証を「政府の側から」かけなくてはいけない。これはDXの初歩である。この「mySOS」の設計として、QRコードはアプリ内では生成されず、必ずブラウザに飛ばしてWeb上でリアルタイム表示をする設計になっているのもそのためだ。

 しかしながら、実際に電波状態が悪く、肝心のスキャンするタイミングでQRコードが出なくては大変だというので、現実的な運用として「念のためスクショを撮っておいてください」という指示になっているものと思われる。これでは、真正性も何もあったものではない。

 だが、それなりに「使われている」という点では、この「mySOS」はまだ「まし」である。2つ目の「COCOA」はどうだろうか? これは位置情報や通信技術を使って陽性者との「15分以上の濃厚接触」を検知するアプリだ。この「COCOA」に関しては、十人以上の担当者が待機していて「入国者にアプリをインストールさせる」ことは徹底されていた。だが「作動させてください」という指示はなかった。おかしいと思って調べてみると、日本国内でも「COCOA」は事実上運用されていないようなのだ。巨費を投じていながら使用されていないし、使用されていないのに入国者にはインストールの徹底だけは求められるというわけだ。

 3つ目の「税関アプリ」に至っては、税関審査の担当官に「アプリも入力してあるんですが、紙の方が簡単なんですか?」と尋ねたらアッサリ「やっぱり紙ですね」という指示が返ってきて、思い切り「脱力」させられた。

 3つのアプリのそれぞれに、複雑な事情があるのは推察できる。だが、真正性を確保できないのに、スクショを撮らせてオフラインでの運用を認めるとか、使いもしないアプリをインストールさせるなど、根本的な部分でDXの原則が崩れてしまっているのは大きな問題だ。デジタル庁を設置してDXを推進するというのを、本当に国策としたいのであれば、とにかく業務のデジタル化における原理原則を全ての官庁が理解しなくてはダメだ。このままでは先が思いやられる。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)