グリーンブックで見せた粗暴白人男の進化論

ヴィーゴ・モーテンセン

成田陽子のTHE SCREEN 7

題名の「グリーン・ブック」とは、差別時代のアメリカ南部で黒人を受け入れるホテルやレストランのリストと説明しておこう。
「グリーン・ブック」で黒人ピアニストの運転手に雇われ、60年代の南部での巡業に付き合わされ、教養豊かなピアニストから手紙の書き方から挨拶の仕方まで教えられる、乱暴で直情型、おまけに差別主義者のイタリア系アメリカ人の用心棒を熱演したヴィーゴ・モーテンセン。最初は役を受けるのにかなり躊躇(ちゅうちょ)したと言う。
「まず、僕はデンマークとアメリカの混血でどう見てもイタリア系じゃないし、何よりイタリア系の優秀な俳優がごまんと居るだろう。しかし脚本が素晴らしかった。2年前の「キャプテン・ファンタステイック」の脚本も最高で、俳優にとってこれ程の質の脚本にめぐり逢うのは一生に1回でも運が良いと言うのに、僕のところに2本目が届いたのだから。監督のピーター(ファレリー)は喜劇で有名だがドラマは初めてで、これも何となく新鮮な映画になりそうだと言う予感がして、引き受ける決心をした」。
「雇われているキャバレーでの彼の犯罪すれすれの強引な行動、自宅に修理に来た黒人に対するあからさまな差別などをどう演じるか、まるっきりの悪党ではなく憎めない奴と思わせる役作りなど、考えただけでナーバスになってね。しかし、この口汚い喧嘩男がレイシストから徐々に進化して行くプロセスがこの映画のコアだから、安全な役作りなどせず思い切り野蛮に、醜く演じることにした」。
「約45ポンドぐらい太ったかな? ドーナツや巨大なピザを食べまくったが休み明けで現場に来るとパンツが緩くなってもっと太れと注意され、寝る直前にもの凄くリッチな食事をとると効果が抜群に上がると知ったね。太った体になると自然に態度もデカくなって声まで変わって来るんだよ。さて、クランクアップして減量に入ったんだが、これがハードでね。もう20歳じゃないし、食事の量を減らすのも辛いが何よりおいしいものを食べられないと言う状態が悲劇的で、1月に終わってから約3か月後に監督から『もうかなり元に戻った?』と電話があった時、僕は『うーん、やっと4ポンドぐらい減ったかな』なんて答えなければならなかった」。
「マハーシャラ・アリがピアニストの役をすると知って狂喜した。『ムーンライト』(オスカー受賞作)もさる事ながら、常にユニークな役作りをしているのに気がついていたから。最初の撮影は車中での2人のやりとりで僕はバックミラーで後部席の彼を見ながら悪態をつき、彼は彼で僕の暴言をたしなめたりする。実際はカメラが設置されているからバックミラーなどなく、僕は想像力で後ろに居る彼と会話をするのだが、お互いに良いタイミングで小気味の良い撮影ができてね」。
「その後、実際に面と向かっての場面になり、僕は何ともキマリが悪くなって、とちりだしたんだ。すると彼が絶妙のジョークを連発して、僕らは笑いに笑って転げ回る程だった。それで僕はすっかり吹っ切れて二人のシーンは以後スムーズにいとも快適に運んだのだよ。彼がこの役を演じたからこそ、僕らの意気が合って、極上の雰囲気が出たと確信している」。
11月の試写後の質問会でモーテンセンがNワードを使って問題になったが直ぐに謝罪。しかし「市民権運動後『グリーン・ブック』は無用となったが差別問題はほとんど解決されていない」と言うコメントには重い真実が込められていると痛感せざるを得ない。