アメリカに裁かれる日本企業

秋山武夫・著
幻冬舎・刊

 今から丁度10年ほど前に、週刊NY生活の編集部に1本の電話がかかってきた。アメリカ人の弁護士からだった。「日本企業が大変なことになっています。70社近い日本の自動車部品メーカーが違法カルテルで米司法省から訴えられて、このままでは莫大な罰金を課せられ、日本人ビジネスマンがアメリカの刑務所に入れられてしまうかもしれません」。にわかには信じられない話だったので、電話番号だけ聞いて電話を切った。後日、訴追されている日本企業のリストなどがファクスで送られてきた。海外の一ローカル新聞社が扱うには荷が重すぎる話だと判断したのか、確か総領事館の経済部につないでそのまま放置してしまったような記憶がある。しかし、実際はアメリカ人弁護士が言うように本当にとんでもないことになっていたのだ。自動車部品のカルテルでは、日本企業の日本国内でのカルテル行為が米国の法律や価値基準で米国の陪審員によって、米国の裁判所で司法取引を含む米国の裁判手続きで裁かれ、その結果、30人を超える個人が1、2年の禁固刑に服し、日本企業も総額3000億円もの罰金を支払うという羽目に陥ったのだ。しかも執行猶予なしでだ。

 この本の著者、秋山武夫氏は日本の総合商社に18年勤務した後、米国で司法試験を受けて弁護士になった。そして35年間弁護士として活躍し、日本と米国の司法の違いを痛感して書いたのが本書だ。

 司法の国際化をリードしてきたのがアメリカだ。独禁法、FCPA、製造物責任、通商法等、域外適用(米国法の日本人や日本企業の行為に対する適用)の例をあげればきりがない。域外適用とは単に実体法のみならず、アメリカの手続き法に従うということだ。日本での一通のメールがアメリカの証拠開示手続きのもとで、裁判所の前に持ちだされ、アメリカ人陪審員の持つ尺度や偏見で判断され、民事賠償のみならず、刑事上の懲罰のための決定的な証拠となる。「急速に進む司法の国際化・日本に備えはあるのか・待ったなしの司法改革と日本企業の対応策」を米国の法律や制度について具体例をもとに解説、日本の企業の対応策や日本司法の制度改革につき提言している。

  かつてマクドナルドのドライブスルーで購入したコーヒーをこぼしてやけどを負い、同社から懲罰的損害賠償を含め300万ドル近くの賠償の陪審員評決を勝ち取った女性の話は「訴訟大国、アメリカのとんでもない事例」として日本でも話題となったが、前述の自動車部品カルテルもマクドナルドの火傷訴訟もアメリカ人からすれば全く「とんでもない訴訟」ではないのだ。

 前者は日本のカルテルでアメリカの消費者が不当に高い自動車を買わされたことに対する賠償、後者は、将来起こりうる同様の事故から何百、何千という被害者が救われたという考え方だ。著者の秋山さんは言う。米国の司法は白黒をつけるものではなく、バランスをどうとるかの問題だと。天秤にかけてどちらが重いか。いかに妥協して折り合いをつけるかが肝心なのだと。訴訟を続ければ時間と費用がかかるだけで、どこかで妥結の糸口を見つけるのが得策だと。(三浦)