女性狙撃兵が見た戦争

逢坂冬馬・著
早川書房・刊

 今年の本屋大賞と紀伊國屋書店「キノベス2022」でも1位を獲得した傑作戦争小説である。昨年8月の第11回アガサ・クリスティー賞では選考委員全員が5点満点をつけて大賞を獲得、デビュー作にもかかわらず第166回直木賞候補となったことでも話題となった。第二次世界大戦中の独ソ戦でのソ連赤軍の女性狙撃兵を主人公にした話で、今年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻と重なることもあり、昨年11月の発売以来、半年で47万部を超えた人気小説だ。 

 主人公はモスクワ近郊の村に住む18歳の少女セラフィマ。村に迷い込んだドイツ兵によって村人たちは惨殺され、セラフィマの母親もドイツ人狙撃兵イェーガーによって殺される。偶然だろうが漫画の「進撃の巨人」や「鬼滅の刃」の出だしのような展開だ。セラフィマも殺されるそうになるが、女性上級曹長イリーナ率いるソ連赤軍が到着し助かる。しかしイリーナは母親の遺体もろとも村をすべて焼き払ってしまう。セラフィマはイェーガーとイリーナ両方に憎悪を燃やすが、イリーナに「戦いたいか、死にたいか」と問われ、イリーナが教官を務める訓練学校で狙撃兵になることを決意する。同じく戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとの訓練を経てスターリングラード攻防戦に、そして運命のケーニヒスベルクの戦いへと突き進む。

 双方で3000万人もの死者が出たといわれる独ソ戦だが、ソ連には女性が従軍しており、実際に女性狙撃兵がいた。小説では虚実織り交ぜており、309人射殺という成績で史上最高の女性狙撃手といわれるリュミドラ・パヴリチェンコも出てくる。訓練学校での厳しい訓練の様子などはもちろん、出自や性別による差別や軍組織の理不尽さなどが描かれる一方、銃や狙撃方法、作戦なども詳述されリアリティーがある。女性狙撃兵らの人物造形も素晴らしく、人間関係の組み立ても秀逸、すんなりストーリーに溶け込める。500ページ近い大作だが、展開も早いので飽きない。そしてなにより過酷な戦場、とくに市街戦の描写には驚くばかりだ。

 作者の逢坂さんは、ベラルーシの作家・ジャーナリストのスベトラーナ・アレクシェービッチさんの『戦争は女の顔をしていない』(2015年ノーベル文学賞受賞)で500人以上の元女性兵士たちの証言を読み、女性から見た戦争を小説として描くという考えが固まったという。何のために戦うのかを女性兵士からの視点というジェンダー的テーマにして、戦争の残酷さ、理不尽さ、無意味さを表したかったそうだ。したがって戦場における性暴力も避けることなく描いている。

 本屋大賞の受賞の際、「あまりにタイムリーになりすぎたことが本当につらい」と語っていた逢坂さん。確かにニュースで流れるロシア軍の攻撃を受けたウクライナの街の様子は小説のなかの市街戦とだぶって見えてくる。状況は違うが同じエリアが舞台であり、ウクライナ出身の女性狙撃兵も出てくる。家族が殺され「戦うこと」を選んだセラフィマが、最後に知った「真の敵」とは何だったのか。「誤読」することなく、読み取りたい。(武末幸繁)