ドイツの夏 ホロコーストと慰安婦

この8月にミュンヘンに行きました。ドイツに行くのは初めてです。今年の夏は特別暑かったそうで、ドイツにしては珍しく日中は30度、夜は外でも夏のワンピースで快適に過ごせました。ミュンヘン市内はたくさんの観光客で賑わい、ビアガーデンはビールを楽しむ人で溢れていました。私も地元のビールやバイエルン地方の白ソーセージ、豚料理をとても美味しくいただきました。
また、ディズニーランドのシンデレラ城のモデルとして有名なノイシュバンシュタイン城、バイエルン王の夏の住まいでバロック建築が有名なニンフェンブルク城などの美しいお城も観光しました。
歴史的に重要なところにも行きました。ミュンヘンの北西15キロにあるダッハウ強制収容所の跡地です。ここは、アドルフ・ヒトラーが総統に選ばれてから数週間後の1933年3月22日に政治犯の強制収容所として開所しました。初めにできた収容所の一つで、その後に造られた収容所のモデルになったところです。1945年4月29日に米軍に解放されるまでの12年間で、ヨーロッパ各地から20万人以上がこの収容所に収監され、4万1500人が犠牲となりました。
今でも火葬場となった建物があります。そこにはいくつかの部屋が横に並んでいます。最初の待機部屋で収監者はこれからシャワーを浴びると告げられます。二番目の部屋はガス室で入り口に「BRAUSEBAD」シャワー室と書いてあります。天井にはシャワー器具がついているのでシャワーを浴びるのだと信じて部屋に入ります。でもシャワーは偽物で、実はガス室なのです。この部屋では15~20分で150人が殺されました。学校の教室よりも狭い部屋です。三番目の部屋は遺体置き場、そして最後が4つの炉が並んでいる遺体焼却室です。他に大きな展示館もあり、ナチス収容所と犠牲者のたくさんの歴史的な記録が展示されていました。
さて実はこの夏ドイツでは、ハンブルグの教会施設とボンの女性博物館の二か所で慰安婦展が開催されました。韓国、米国、日本の慰安婦を支援する活動団体の協力です。
ハンブルクでは慰安婦像が展示されました。そしてこう説明しました。「像は、アジア太平洋地域の日本軍によって第二次世界大戦中に強制的に性奴隷にされた数十万人の慰安婦と名付けられた少女と若い女性の苦しみを表現しています。」
ボンの展示では絵や写真を展示し、このように説明しました。「女性や少女たちは組織的に誘拐され、兵士による虐待を受けました。日本軍による約20万人の犠牲者は韓国の女性達で、中国、台湾、フィリピンからの女性達、それどころかオランダの女性もいました。無数の女性が殺されました。生存者は非難され、犯罪者の様に40年沈黙していました。」
「慰安婦は性奴隷」と主張して、慰安婦像を設置しようとする活動団体は「日本軍慰安婦制度はアジアのホロコースト」というキャンペーンをしています。だからドイツでこのような展示会を開催するのでしょう。
彼らは、慰安婦は20万人または数十万人で、その多くが殺されたと主張します。日本軍の慰安所があったのは、最初に上海にできた1937年から終戦の1945年までの8年間です。ダッハウの収容所では12年間で20万人が収容され、4万1500人が殺されましたが、一次資料となるたくさんの証拠、文書、記録が残っています。一方、慰安婦が沈黙を破るまでの40年もの間、なぜ誰も数十万人の慰安婦への犯罪に気づかなかったのでしょうか。おかしくないでしょうか。
元イスラエル駐日大使のエリ・コーヘン氏はあるジャーナリストへの手紙にこのように書いています。「事実関係の議論はさておき、慰安婦をホロコーストに例えるのは無責任であり、同等に語るのは早急に止めるべきです。そんなことは絶対にありえないのです」
私もダッハウ収容所を見学して、コーヘン氏のこの言葉がとてもよく理解できました。ダッハウは初めてのドイツの旅の印象深い思い出となりました。

なでしこアクション
代表 山本優美子