3【3面・総合・10/8/2016号】まったく唐突なんですが、大学を出てからお世話になった会社は毛織物と洋服の製造・卸の会社でした。幹部の方々は東大しかも多くが法学部卒、「繊維の官庁」と呼ばれておりました。1964年東京五輪の際の日本選手団・紅白のユニフォーム生地の製造は、会社の一世一代、入魂の仕事だったようです。(Photo:三浦良一)